博物館等

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    博物館等

    博物館等
    日本の博物館
    概説
    博物館のようにさまざまな物品を展示する施設としては、近代以前から社寺の宝物殿や絵馬殿があった。
    また江戸時代には本草家たちが博覧会のようなことも行なっていた。
    ウィーン万国博覧会への出品準備として1872年(明治5年)に開かれた湯島聖堂博覧会(文部省博物館)の出品物をもとに東京国立博物館が日本ではじめての近代的な博物館として設立された。
    資料館、美術館、文学館、歴史館、科学館、水族館、動物園、植物園などの施設は日本語では博物館の名を持たないが、いずれも世界標準からは博物館そのもの、あるいは博物館に準じる施設(生きている生物を主に扱う施設の場合)であり、後述する日本の法制上でも、条件を満たして登録措置を受ければ、博物館法上の博物館、あるいはそれに準じた博物館相当施設として扱われる。
    こうした法制上の扱いを度外視し、名称上博物館を名乗らないが実質的に博物館そのものである施設を数え上げれば、3000から4000の博物館が日本に存在するといわれる。
    近年では、マンガ・アニメミュージアムが全国に続々オープンし、現時点で60施設ほど存在しているとされる。
     
    博物館の法制度
    日本には博物館に関する法令として博物館法がある。
    同法第2条による定義では、博物館とはおおむね「歴史、芸術、民俗、産業、自然科学等に関する資料を収集し、保管(育成を含む。以下同じ。)し、展示して教育的配慮の下に一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資するために必要な事業を行い、あわせてこれらの資料に関する調査研究をすることを目的とする機関」であって、公民館・図書館を除くもののことである。
    しかし、同条はさらに同法上の博物館を、地方公共団体、一般財団法人、一般社団法人、宗教法人、日本赤十字社または日本放送協会が設置するものであって、なおかつ「第二章の規定による登録を受けたもの」に限っている。
    このように、博物館法が規定する博物館の範囲が限定的であるため、日本における「博物館」は法制度上、博物館法上の博物館である「登録博物館」、それに準じた法制上の扱いを受ける「博物館相当施設」、博物館法の適用外となる「博物館類似施設」の3つに分かれてしまう。
    登録博物館
    地方公共団体、一般財団法人、一般社団法人、宗教法人、日本赤十字社または日本放送協会が設置した施設で、都道府県教育委員会の審査を受けたもの。
    独立行政法人立の国立博物館等は登録博物館になれない(なお、2006年現在は国立の博物館らも独法化された)。
    資料の整備、館長・学芸員・職員の確保、土地・建物の確保、年間150日以上の開館などが定められている。
    手続きが非常に煩雑なため、要件を満たしていても登録しない博物館も多い。
    また公立の登録博物館は管轄が教育委員会になるので、行政が教育や観光事業などと連携して運営したい場合、登録しない場合がある。
    登録博物館になるメリットとしては、資料を登録博物館に寄付すると、寄付者が税制上の優遇措置が受けることができる取り決めのために寄付をされやすいことや、不動産取得税・固定資産税・都市計画税などが優遇されることなどがある。
    また公立の登録博物館は補助金を受けることができる。
    事業に参加したり助成制度を受けたりする条件として、登録博物館であることが挙げられていることがある。
    博物館相当施設
    登録博物館の要件は満たしていないものの、一定の要件を満たしている施設で、文部科学大臣あるいは都道府県教育委員会の指定を受けたもの。
    事業に参加したり助成制度を受けたりする条件として、博物館相当施設であることが挙げられていることがある。
    博物館類似施設
    上記2施設以外で、博物館法に定められた博物館と同種の事業を行う施設。
    つまり博物館法の適用外の施設である。
    ほとんどの博物館はこの博物館類似施設である。


    水族館

    水族館
    水族館(すいぞくかん)とは、海や河川・湖沼などの水中や水辺で生活する生き物(水族)を主として収集・展示している施設である。
    水族館では魚介類や無脊椎動物、両生類、海産獣類、爬虫類といった動物や、水草などがガラスやプラスチックといった透明な水槽に入れられ、公開されている。
    水槽の多くは家庭で維持する観賞魚水槽と同じサイズかそれよりも大きな水槽になっている。
    海獣(イルカ、アシカなど)によるショーなどをしている水族館もあり、これらのショーが水族館の目玉になっている場合も見受けられる。
    また、単独で存在する水族館以外に動物園の中の1施設として存在するものもある。
    海浜・湖畔・川辺に近いところに立地している場合が極めて多いが、そうでない場合もある。
     
    歴史
    古代の習慣
    古代シュメールでは、食用に捕らえた魚を保存するために小さな池へ魚を泳がせていた。
    中国では、2,000年以上前に観賞用として池で金魚や鯉の飼育が始まったとされている。
    それらの池は人工的に整備された小さなものが多く、鯉はとりわけ色のついたものが特に好まれてきた(錦鯉は19世紀の日本で始まったとされるため、錦鯉ではない)。
    宋朝の時代には、屋内に陶器で出来た水槽を置き、その中で金魚を飼育していた。
    また古代エジプトでは、寺に造った長方形のプールに、神聖な魚とされる魚を飼育していたとされており、その様子を描いた美術品が見つかっている。
     
    ガラスの水槽による飼育
    透明な水槽を用いて、その中で魚を泳がせるという現代の水族館と同様な構造による飼育が始まった詳しい期日は分かっていない。
    1665年に、サミュエル・ピープスがロンドンを訪れた際に記述した日記中に「いつまでもガラスの中を泳ぎ続ける魚は、美しく際立っていて、素晴らしいことだ。外国でありながら。」と書き記している。
    ピープスが見た水槽の中で泳いでいた魚はパラダイスフィッシュであることが分かっている。
    18世紀には、生物学者のアブラハム・トレンブレーは、オランダのベンティンク家の庭の運河で見つけたヒドラを、円柱状のガラス製の水槽に入れて研究した。
    ガラス製の水槽で飼育を行なうという概念が生まれたのは、遅くともこの時期に遡る。
     
    大衆化
    鋳鉄のフレームにガラスをはめ込んだ水槽を使用した魚の展示が、1851年のロンドン万国博覧会で行なわれた。
    これにより水槽で魚を飼育することがイギリスで趣味のひとつとして人気を集めた。


    科学館
    科学館
    科学館(かがくかん)とは、自然科学に関連する展示を行う博物館である。
    例えば、蒸気機関のしくみや、力学のモデル、化学物質の分子模型などを展示しているものもあれば、交通、通信、鉄道、産業技術に特化した科学館もあるし、子供のための理科、科学教育を主とするものも造られている。
    また、定期的に科学イベントも行われたりもする。
     
    主な展示内容
    展示内容は科学館によって様々であるが、総合的な科学館の場合には以下のような展示があることが多い。
    通常、各項目はテーマ別に展示される(例えば、下記の括弧内に示すような事柄がテーマになる)。
    (生き物) - 動物や昆虫・植物の剥製・標本
    (地学) - 地層・海岸・海底の模型、岩石・鉱物の標本
    (宇宙) - 太陽系や銀河系、星座、プラネタリウム
    (ミクロ) - 原子や分子
    (生物) - 細胞模型、DNA 模型
    (進化) - 恐竜など古生物の化石、進化の系統図
    (人間) - 人体模型
    (機械) - 機械の仕組み、自動車、コンピュータ
    (エネルギー) - 発電所、自然エネルギー
    (環境) - 地球温暖化
    なお、どの科学館においても、本物を見せることは展示内容として重要視されている。
    子供科学館の中には、アメリカ、イギリスなどのチルドレンズ・ミュージアムを参考に「ハンズ・オン」(Hands on、触って体験して学ぶ)というスタイルをとるところもでてきている。
     
     
    文学館
    文学館(ぶんがくかん)は、日本の文学および作家の作品とその成立にまつわる資料を収集、展示した施設。
    全国各地にその土地縁の作品・作家、および作家個人についての文学館が存在する。
    文学館は個人作家の記念館などが先行してあり、1967年の日本近代文学館の開館をきっかけに「文学館」の呼称が一般化し、作品の肉筆原稿や構想メモ、掲載誌や初版本、書簡など文学資料の散逸を危惧した要請を受け各地に文学館が建設されている。
    1995年、文学館どうしの情報交換・相互協力のための常設的組織「全国文学館協議会」発足。
       

    植物園
    植物園
    植物園(しょくぶつえん、botanical garden)は、単なる庭園ではなく、その名 botanic garden (ボタニック・ガーデン/植物学庭園)からも推測されるように、主として学術研究に供するために、植物学の視点で、特性ごとに収集された植物、花卉、樹木などを生きたまま栽培保存し、かつ研究の基準となる押し葉標本など標本類を蓄積保存する施設である。
    通常この機能を果たすため、植物を生きたまま保存するための圃場と、押し葉標本を保存蓄積する施設であるハーバリウムを有する。
    近代的な植物園は日本では市民の憩いの場、あるいは観光施設としての庭園としてのイメージが強いが、歴史的にみるとこのような学術的な色彩の強い場であり、さらには遺伝資源収集の拠点、つまりジーンバンクとして重要な役割を果たしてきた。
    そのため、各国の主要植物園の歴史を紐解くと、イギリスがパラゴムノキをブラジルからひそかに盗み出した事件など、国家的な遺伝資源の争奪戦のドラマが、植物園を舞台に繰り広げられてきた。
    こうした学術色の強い植物園の最古のものは、エジプトのアレクサンドリアにあったアレクサンドリア図書館に隣接して設けられていたものだと思われる。
    アレクサンドリアのものは、薬草として使うために、種類ごとに採集、分類して栽培されていたものだと伝えられている。
    用途はハーブオイル、治療など多岐にわたる。
    それ以前となると、世界七不思議に数えられたバビロンの空中庭園があるが、これが果たして今日の理解でいうような、つまり遺伝資源収集の場としての植物園であったのかどうかは疑わしい。
    薬草栽培は、中世ヨーロッパでは修道院を中心に盛んに行われた。
    文学的な表現は、「修道士カドフェル」のシリーズを見るとイメージしやすいだろう。
    近世に入ってからは、大学農学部などの枠の中で、こうしたものの普及が広がっていった。
    有名なものに、イギリスのキューガーデンやドイツのベルリン大学の植物園、インドネシアのボゴール植物園がある。
    ルネッサンス以降の大航海時代に入ると世界各地から植物が集められた。
    植民地の拡大と表裏一体であり、学術的な意義だけでなく当時の権力者の権勢を顕す側面も担っていた。
    日本国内には大学や博物館の付属植物園のように学術的目的で運営されるものもあるが、そうした植物園は比較的少なく、市民へ公開されている部分もそれほど大きくない。
    市民に広く公開されている施設は知的啓蒙を兼ねた娯楽色、憩いの場としての公園的施設として運営されているものが主流であり、地方公共団体における担当部署も、通常公園課や観光課などである。
    多くの欧米・アジア諸国の有するような遺伝資源収集の国家戦略の拠点であり、なおかつ国民に広く認知された憩いの場ともなっているようなナショナルな植物園は日本には見られず、こうした遺伝資源収集への国民的関心も薄い。
    社団法人日本植物園協会は、2007年から5月4日がみどりの日となることから、この日を植物園の日と位置づけた。

    逆援助
    動物園
    動物園(どうぶつえん)とは、生きた動物を飼育・研究し、一般に公開する施設であり、法令上は博物館の一種とされる。
    普通は陸上の動物を中心として扱うものを指す。
    水中の動物を中心として扱うものは特に水族館とされ、動物園の特殊な形態としてサファリパークや移動動物園、鳥類園などがある。
     
    沿革
    初期の動物園は主に王侯が所有し政治的に修好関係を結ぶ、あるいは影響下に置いたり植民地として支配した国・地域から珍しい動物を集めてきた私的な施設であり、メソポタミアや地中海世界・中国・インド・アステカなど世界各地で多元発生的に作られた。
    一般公開された動物園として最も早いのは、フランス革命の後に公開されたパリ動物園(メナジェリー)である(しかし、メナジェリーの施設や展示方式はウィーンのシェーンブルン動物園を真似たものであり、そちらも期間限定的ながらパリよりも先に一般開放された事実があることから、シェーンブルンを世界最古の動物園とする意見もある)。
    近代の動物園は単なる見世物ではなく、教育・研究施設としての役割を強くもつべきであると考えられている。
    つまり、生きた動物を生きたまま収蔵する博物館としての性格が強い。
    最初の科学的動物園であるロンドン動物園は1828年にロンドン動物学会の研究資料収集施設として創設されたが、その研究費用調達の方途として同年に一般公開された。
    動物園は英語ではzoological garden(s)(動物学的庭園)というが、これを縮めてzooと呼ぶこともロンドン動物園から始まった。
    1907年、動物商であったカール・ハーゲンベックがハンブルクに動物を野生のままに展示するような動物園を作った。
    檻の中に閉じ込めるのではなく、野生の生態のままに観察できるやり方を「ハーゲンベック方式」(無柵放養式展示とも)という。
    ハーゲンベックが作った動物園がドイツ語でZoologischer Gartenといったことから、動物園で英語の正式表記にZoological Parkを採用しているところもいくつかある。
    日本では1882年に上野恩賜公園内に現在の東京国立博物館が移転開設され、天産部付属施設として恩賜上野動物園の前身が作られたのが始まりと言われている。
    その後、全国の各地方都市に動物園が開園したが戦時中にはほとんどの動物園が閉鎖状態となり、戦後に徐々に再開されていく。
    1970年代まで、博物館などと同じく一種の教育施設として子供連れを中心に親しまれてきたが、1980年代には余暇活動の多様化や出生率の低下(少子化)等の理由によって入場者が減り、閉園にいたる動物園も出た。
    その環境下での成功例の一つが旭川市旭山動物園とされている。
    (収支を考えて疑問視する向きも一部にある)。
     
    動物園の現況
    現代の動物園では単に動物を研究用に収蔵するあるいは市民の見世物とする事への批判が高まったこともあり、研究面では飼育下での繁殖などを通じて野生個体群における種の保存への還元のための基幹研究施設として市民社会向けには単なる珍獣の見世物ではなく、動物の生態をより高度に学ぶことができる生涯教育施設としての充実が求められている。
    この一環として日本動物園水族館協会では、国内外の動物園と連携して動物の所有権を移動させることなく累代繁殖を行うための「ブリーディングローン」制度や種ごとに血統管理を伴う繁殖計画を策定する「種別調整者」制度を導入している。
    その代表例が希少種を特定の動物園に集約し繁殖・展示する財団法人東京動物園協会による「ズーストック計画」である。
    また、展示面でも動物本来の動きを引き出す行動展示や生息地の自然環境を再現した「ランドスケープ・イマージョン」を取り入れた生態展示、夜行性の動物の活動中の状態を観察できるようにするための夜間開園など、よりアピール度の高い活動が行われるようになっている。
    現在では様々な取組みが実を結び、入園者数が増加している園もある。
    しかし多くの場合は経営母体が都道府県や政令市といった地方自治体であり、近年では自治体の財政難から「指定管理者制度の導入」の名のもとに民営化へ移行している例が少なくない。
    このため展示動物数を減らしたり運営費用の一部を市民や入園者からの寄付に頼らざるを得ないなど、教育・研究施設として依然厳しい状況であることに変わりはない。
     
    展示されている動物
    主に、陸上に生息する比較的大型の哺乳類や鳥類といった国内で野生状態では生息していない動物が多い。
    園によっては昆虫館や水族館などを併設して、昆虫類や水棲動物(爬虫類、魚類、両生類など)を展示している場合がある。
    比較的身近にあるものとしては「こども動物園」として、低年齢の子供を対象にニワトリやアヒル、ウサギ、ヤギ、ヒツジなどの家畜を放し飼いにして動物に触れることのできる小型の施設が多く存在し、大型の施設でも、同様のコーナーを持つ園もある。
    逆援助の申し出をしてみる。


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